よぞら雑記帳

たくさん書きたいときに使うメモ帳です。

佐久間まゆについて

ブログを作りたいと思ったきっかけは『一ノ瀬志希や棟方愛海及川雫についてのびのびと書きたいかもしれない』というところからだったんだけど、過去ツイートを漁ってみたら佐久間まゆについても出てきたので、これはこれで置いてみる。


2019年11月28日

Love∞Destiny、「あなたのコト」のところで佐久間まゆの瞳が少し大きく開くのめっちゃよいな

2020年02月18日

いままで佐久間まゆの「ロリータ読モ出身」概念に対して解釈違い的な感情抱いてたけど、待てよ、「ロリータとかいう癖の強いファッションに傾倒していたのに突然それをかなぐり捨ててジャンル変えてまで追っかけてく激しい情念」だと思うとそれってすごくすごく佐久間まゆなのでは???

この視点でコミュ読み漁ってみよ

逆になんで今までびみょい気持ち抱いてたのか不思議なくらいだな、読み返したら何か忘れてる壁にぶつかるかもしれない

わかった、プロデューサーに惚れた理由がわかんなかったからピンと来なかったんだ

んで、はじめに見たときは「いやロリータでわざわざ読モやるような自我のデカい女がちょっとやそっと男に惚れた腫れたでロリータやめなくない???」って思ってたんだよな。

今は当時のこの考えを否定する、ロリータやってる女は全員自我がデカいというのは私の思い込みの側面がある。自我ってより思考の語数とかかなあ。なんだろう。何にしろ、過去の私が思ってたほどすべてのロリータが執念もってるわけじゃない、というのが今の私の見解。

で、ここからは推測。

モデルをやめたときに「親を説得した」とコミュにあった。ロリータモデルをやることではなく、やめることについてわざわざ説得の必要があった、つまりもしかして、ロリータは本人じゃなくて親の趣味だったのではなかろうか。

佐久間まゆは、普段からサッとまわりを察知して気遣いのできるいい子。もしかして、ロリータ着てたのも、親や周囲から期待される「かわいいまゆちゃん」についつい応えてしまっていたのではないか?

夢見られるばかりで、でも、夢見ることもしてみたい。そんな折に出会ったのがプロデューサーだったのではないか。

女の子たちを、まっすぐに「輝かせるために」みている、育てるために見守っている、この人になら夢見られてしまうことはなくて、だから、自分が夢見る側になれる……そんなことを感じたのではないか

そして、真剣にアイドルとプロデューサーとして向き合うほど、「恋仲として結ばれる」ことができないと実感していく、だけど、一緒に大きな夢を育ててかなえていくこと、一緒に未来を考えること、同じ方向を向けること、そういうことへの価値を見出していくのかなって

手持ちのコミュがぜんぜんなくてめっちゃめちゃめちゃ空想だらけになってしまった

あっなんか書き抜けてたな、

「アイドルとプロデューサーの関係である限り結ばれない」は、悲しいことのようでもあり、だけどさっきの私の解釈で考えるなら福音ともいえるような気がするんだよな
それって、終わらずにずっと夢見たままでいられるってことだから

佐久間まゆ、プロデューサーに憧れを抱いたまま決定的な一歩を踏み出さずにいずれ別の誰かと結婚して、穏やかな日々の中でときどきふと「好きだったなあ」ってほろ苦くてすこし甘い思い出に浸ってほしい

最高に静かなメリーバッドエンド

この解釈で考えてくと、わざわざそれまで縛られてたものから抜け出して夢見る側になろうと転がっていった先で結局また「あなたの望む可愛さで咲いてみせますよ」ってやってるの、うまく抜け出せてなさがあってエモいと思うんだよな、

そういう試行錯誤を繰り返して、一歩一歩、段々と自分の道を掴んでいく、その進んでいく様をずっとプロデューサーは見守り続けるんだよ……





「ここからは推測」とか途中で出てくるけど、そもそも大方ぜんぶ妄想ですね。